12月 2010
4件の投稿
“湧島は明治三十年に鳥取の洋服商の長男として生まれ、『我等』同人を経て、大正五年に上海の東亜同文書院に入り、翌年中退して上京する。また東京外語学校の夜間部でロシア語...”
– 古本夜話65 南宋書院、湧島義博、田中古代子 - 出版・読書メモランダム
12月 19
“東亜同文書院出身で日本、汪政権、重慶政権それぞれと連絡を持ち、それがばれて日本の憲兵によって殺害された彭盛木とも会っている。”
– 呉濁流『夜明け前の台湾 植民地からの告発』: ものろぎや・そりてえる
12月 16
“なぜこの南宋書院と湧島義博にこだわるのかといえば、両者は単なる左翼、及び左翼出版社ではなく、明治四十五年に鳥取で創刊された文芸誌『水脈(みお)』に始まる「鳥取文壇...”
– 出版・読書メモランダム
12月 16
“この清水三三と同じく、山梨に生れ、中国において他民族との共存を求めた人物がもう一人。1901(明治34)年上海東亜同文書院初代院長となった根津一(ねづ・はじめ)で...”
– 猫の後ろ姿 426 清水三三のこと|「猫の後ろ姿」
12月 13